抗がん剤の作用機序
がん治療の化学療法として抗悪性腫瘍薬が多数開発されている.本稿では,保険適用となっている代表的な抗悪性腫瘍薬について作用機序ごとに分類し解説する.
1.代謝拮抗薬
1)DNA合成阻害薬
DNA合成の核原料は葉酸,プリン,ピリミジンである.代謝拮抗薬はこれらに類似した反応性の高い原料を用いる.
(1)葉酸に類似した薬はメトトレキサート.ホリナート(ロイコボリン)は,メトトレキサートの効果と毒性を消すための薬で,大量投与の後に使う.
(2)プリンの類似薬がメルカメトプリンである.アザチオプリンも類似薬であるがむしろ免疫抑制薬として用いる.また,アロプリノール(痛風治療薬)はこれらの分解を抑えるため,併用することでメルカメトプリンやアザチオプリンの量を減らすことができる.
(3)ピリミジンル類似薬でシトシンはシタラビン,ウラシルはフルオロウラシルである.切れ味はシタラビンの方が強い.テガフールは体内でフルオロウラシルに変化する.
2.DNA複製阻害薬
アルキル化薬,抗腫瘍性抗生物質,白金製剤,トポイソメラーゼ阻害薬がある.
1)アルキル化薬
DNAをアルキル基化して複製を阻害する.
2)抗腫瘍性抗生物質
DNA合成抑制,DNA鎖切断,トポイソメラーゼⅡを阻害して複製を抑制する.
3)白金製剤
白金(Pt)がDNA二本鎖に架橋を作り複製を阻害する.」
4)トポイソメラーゼ阻害薬
DNA複製時の二本鎖開裂を阻害する.
3.微小管阻害薬
微小管に作用して細胞分裂の際の紡錘体形成,細胞内小器官の配置・輸送を阻害する.副作用は神経障害。
4.がん細胞の成長阻害薬
1)ホルモン類似薬
ホルモン依存性腫瘍に対してホルモン分泌抑制作用や受容体拮抗作用などで抗腫瘍効果を現わす.
(1)抗エストロゲン薬
エストロゲン受容体陽性の乳癌に対して用いられる.
①閉経前患者において卵巣からのエストロゲン分泌を抑制するLH-RHアゴニスト.
②エストロゲン受容体拮抗薬または選択的エストロゲン受容体調節薬.
③閉経後患者において脂肪組織やがん組織でのエストロゲン合成に関与するアロマターゼ阻害薬.
④エストロゲン生成を抑制するプロゲステロン製剤.に分類される.
(2)抗アンドロゲン薬
前立腺癌に用いられる.
①LH-RHアゴニスト.
②アンドロゲン受容体拮抗薬.
③エストロゲン製剤.に分けられる.
2)生物製剤
がん細胞に対して増殖抑制するサイトカインで,インターフェロンとIL-2などがある.
5.分子標的治療薬
分子標的治療薬は文字通り病型特異的な医薬品なので,適応疾患も記述した.なお,分子標的治療薬とはいえ,用法を誤ると重大な副作用を起こすことにも留意しておきたい.
1)抗体
抗体医薬品の一般名は,monoclonal antibodyの頭文字をとって語尾にmab(マブ)を付ける.
(1)トラスツズマブ(ハーセプチン)
ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)に対するモノクローナル抗体(以下,mAb)で,HER2の過剰発現が抗体あるいはFISH検査で確認された乳癌に適応される.切除不能な進行・再発の胃癌にも有効である.
(2)リツキシマブ(リツキサン)
Bリンパ球表面の分化抗原CD20に対するmAbで,CD20陽性B細胞性非ホジキンリンパ腫に有効である.
(3)モガムリズマブ(ポテリジオ)
CC chemokine receptor 4(CCR4)陽性成人T細胞白血病リンパ腫に有効である.
(4)ベバシズマブ(アバスチン)
血管内皮成長因子(VEGF)に対するmAbで,腫瘍血管新生の抑制,腫瘍間質圧低下による組織血中濃度の増加などにより,大腸癌,肺癌,乳癌などで効果が認められている.
(5)セツキシマブ(アービタックス),パニツムマブ(ベクティビックス)
上皮成長因子受容体(EGFR)に対するmAbで,EGFR陽性でRAS遺伝子野生型に限って有効である.
(6)ニボルマブ(オプジーボ)
T細胞のPD-1に対するmAbで,腫瘍抗原特異的T細胞を活性化させて抗腫瘍効果を維持させる.悪性黒色腫を対象としていたが,非小細胞性肺癌など適応が広がっている.
2)小分子
チロシンキナーゼインヒビター(tyrosine kinase inhibitor)は,その頭文字をとって語尾に-tinib(チニブ),それ以外のキナーゼインヒビター(inhibitor)は,語尾に-ib(イブ)を付ける.
(1)ゲフィチニブ(イレッサ),エルロチニブ(タルセバ),アファチニブ(ジオトリフ)
EGFRのチロシンキナーゼを選択的に阻害することで下位へのシグナル伝達を阻害し,腫瘍細胞の増殖を抑制する.EGFRに変異があり,RAS遺伝子が野生型である非小細胞肺癌に有効である.
(2)イマチニブ(グリベック)
フィラデルフィア染色体は慢性骨髄性白血病(CML)の95%以上,急性リンパ性白血病(ALL)の20%程度に認められ,腫瘍細胞表面にBCR-ABL融合遺伝子を表出し,強力なチロシンキナーゼ活性を示す.イマチニブは,このチロシンキナーゼ活性を阻害する.さらにイマチニブは,血小板由来増殖因子受容体遺伝子PDGFRαあるいはc-KIT遺伝子に変異を有する消化管間質腫瘍(GIST)にも有効であり,標準治療薬となっている.
ここ数年,イマチニブに耐性を示すCML,ALLが出現し,その原因としてABL遺伝子のATP結合部位に変異が認められている.これに対応して,第2世代の治療薬ニロチニブ(タシグナ),ダサチニブ(スプリセル)がBCR/ABL,PDGFR,KIT,SRCなどを抑制するマルチキナーゼ阻害薬として開発され,医療保険で治療できるようになった.
(3)クリゾチニブ(ザーコリ)
EML4-ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺癌に特異的に奏効する.
(4)スニチニブ(スーテント)
VEGF受容体,PDGF受容体,Rafなど細胞増殖関連蛋白を阻害するマルチキナーゼ阻害薬で,腎癌,イマチニブ耐性GISTなどに有効である.
(5)ラパチニブ(タイケルブ)
EGFR,HER2チロシンキナーゼを阻害する.トラスツマブ耐性HER2陽性乳癌に有効である.
(6)ボルテゾミブ(ベルケイド)
プロテアソームを阻害することで,がん細胞の複数のシグナル伝達系に作用して抗腫瘍効果を発揮する.再発または難治性の多発性骨髄腫で認可されている.
(7)ソラフェニブ(ネクサバール)
VEGF受容体,PDGF受容体,Rafなど細胞増殖関連蛋白を阻害するマルチキナーゼ阻害薬で,腎癌,肝癌などに有効である.トラスツマブ耐性HER2陽性乳癌に有効である.
(8)レゴラフェニブ(スチバーガ)
VEGFR,TIE2,KIT,PDGFR,RETなどのキナーゼに対するマルチキナーゼ阻害薬で,腸癌やGISTで有効である.
(9)テムシロリムス(トーリセル)
哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)の阻害薬で,注射液である.腎細胞癌が適応症である.
⑩エベロリムス(アフィニトール)
mTORの選択的阻害薬で,スニチニブまたはソラフェニブによる治療抵抗性の根治切除不能,または転移性の腎細胞癌,膵神経内分泌腫瘍,乳癌などに対して適応される.
3)レチノイド
(1)トレチノイン(ベサノイド)
性前骨髄性白血病(APL)で認められるPML-RARα融合遺伝子に作用し,白血病細胞の分化誘導を促す.
(2)タミバロテン(アムノレイク)
APLの再発や難治性のAPLに対して適応される.
4)その他
(1)ポリノスタット(ゾリンザ)
ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬で,再発・難治性皮膚T細胞性リンパ腫(CTCL)の標準治療薬である.
(2)パノビノスタット(ファリーダック)
再発又は多発性骨髄腫に適応.
6.抗がん剤の副作用
1)骨髄抑制,下痢,下血,脱毛,不妊
2)肝障害,腎障害
3)神経障害,不妊
4)主な抗がん剤と副作用
日本染色体遺伝子検査学会 理事
雄久会塩尻病院薬局
上野一郎