学会ニュース15:KRAS からRAS(KRAS/NRAS)へ

今期より理事を拝命しました愛知県がんセンター中央病院臨床検査部 柴田典子です。昨年度の第32 回日本染色体遺伝子検査学会は、事務局、理事の方々等学会員の皆様のおかげで、盛会で終えることができました。何もわからないまま引き受けてしまった学会でしたが、学会の運営から演題登録、抄録印刷、発送等々色々な場面で助けていただき、この学会の素晴らしさを痛感した次第です。今回理事を拝命し、何ができるかわかりませんが皆様と一緒にこの学会を盛り上げていきたいと思っています。よろしくお願いします。

さて、私からはこの4 月より保険収載された大腸がんにおけるRAS(KRAS/NRAS)遺伝子検査についての話題をお送りします。
RAS タンパクは188-189 個のアミノ酸から成る約21kDa のGTP 結合タンパクで、KRAS、NRAS、HRAS の3種類のアイソフォームが存在します。EGFR など上流からの刺激により、GDP がRAS 分子から離れ、代わりに細胞質からGTP が結合することでRAS は活性型となります。活性型RAS は、RAF、PI3K、RALGDSなど20 種類に及ぶエフェクタータンパクと結合することにより、下流のシグナルカスケードを活性化し、増殖因子による刺激を核に伝え、細胞の増殖・分化・細胞死に関わっています。一方、活性型RAS は自身のもつGTP 加水分解活性(GTPase)により不活性型となり、バランスを保っています。しかしRAS 遺伝子変異によりアミノ酸置換が生じるとRAS のGTPase としての機能が低下して、恒常的な活性化状態となり、下流にシグナルを送り続けます。この過剰なシグナルが、発がんやがんの増殖に関与しているとされています。RAS 遺伝子は、KRAS が12 番染色体、NRAS が1 番染色体、HRAS が11 番染色体に位置し、それぞれ4 つのエクソンと3 つのイントロンからなります。大腸がんでのRAS遺伝子変異の頻度は、COSMIC(Catalogue Of Somatic Mutations InCancer)データベースによるとKRAS 遺伝子34.6%、NRAS 遺伝子3.7%、HRAS遺伝子0.2%と報告されており、KRAS エクソン2(コドン12,コドン13)の変異が多くを占めています。RAS タンパク質を活性化させる一つであるEGFR を標的として開発された分子標的治療薬の抗EGFR 抗体薬は、始めは免疫組織化学(IHC)法により確認されるEGFRタンパクの発現がみられる大腸がんにおいてその効果が認められました。しかしその後の追加試験により、IHC 法の強度と抗EGFR 抗体薬との有効性との間には相関が認められず、更には、負の効果予測因子としてKRAS 遺伝子変異が関連することが見出されました。わが国でも2010 年よりKRAS 遺伝子変異検査が保険償還されています。その後の追加試験により、2013 年、これまで測定されてきたKRAS エクソン2だけでなく、KRAS エクソン3、エクソン4 領域ならびにNRAS エクソン2、エクソン3、エクソン4 領域の遺伝子変異を有する症例に対しても、抗EGFR 抗体薬が無効であることが複数の臨床試験の後解析より報告されました。また、この患者群は従来のKRAS エクソン2 野生型患者の約20%と無視できない集団であり、一部の化学療法では抗EGFR 抗体薬を併用することで元来期待される治療効果が減弱する可能性が示唆されています。既に欧米のガイドラインや治療薬の添付文書これらの群に対しての抗EGFR 抗体薬の投与は推奨されていません。これらの報告を受け、2014 年4 月、RAS 遺伝子変異の測定をどのように実施し治療に反映するのが適切か、RAS 遺伝子変異の測定の基本的要件を明らかにすることを目的として日本臨床腫瘍学会より「大腸がん患者におけるRAS 遺伝子(KRAS/NRAS 遺伝子)変異の測定に関するガイダンス 第2 版」が出されました。そして本年RAS(KRAS/NRAS)遺伝子検査試薬が承認され、RAS (KRAS/NRAS)遺伝子検査が保険償還されました。これらの詳しい内容、今後の課題などについては当センター薬物療法部の谷口先生が昨年の学術集会でも講演してくださいましたが、間もなく発刊される本学会誌にも総説として寄稿していただきました。治療の現場で必要とされている遺伝子検査について、考える機会になればと思っています。

PDF版はこちら 矢印 学会ニュース第15号

日本染色体遺伝子検査学会 理事
愛知県がんセンター中央病院臨床検査部
柴田典子

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